選挙の諸原則と選挙制度


 衆議院小選挙区制の合憲性
    (最大判1999〔平11〕11・10民集53巻8号1704頁判時1696号62頁)

[事実]
 1994年の公選法改正により、衆議院議員の選挙制度として、いわゆる小選挙区比例代表並立制が導入されたが、この新制度の下で施行された1996年10月20日の衆議院議員総選挙について、東京高裁管内の選挙区の選挙人らが、小選挙区制などの改正公選法の仕組みが憲法違反であるとして、選挙無効訴訟を提起した。

[判旨] 
上告棄却
 「代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。我が憲法もまた、右の理由から、国会の両議院の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条、47条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の広い裁量にゆだねている。」
 「国会が新たな選挙制度の仕組みを採用した場合には、その具体的に定めたところが、右の制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため国会の右のような広い裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違反することになる。」
 「小選挙区制は、全国的にみて国民の高い支持を集めた政党等に所属する者が得票率以上の割合で議席を獲得する可能性があって、民意を集約し政権の安定につながる特質を有する反面、このような支持を集めることができれば、野党や少数派政党等であっても多数の議席を獲得することができる可能性があり、政権の交代を促す特質をも有するということができ、また、個々の選挙区においては、このような全国的な支持を得ていない政党等に所属する者でも、当該選挙区において高い支持を集めることができれば当選することができるという特質をも有するものであって、特定の政党等にとってのみ有利な制度とはいえない。小選挙区制の下においては死票を多く生む可能性があることは否定し難いが、死票はいかなる制度でも生ずるものであり、当選人は原則として相対多数を得ることをもって足りる点及び当選人の得票数の和よりその余の票数(死票数)の方が多いことがあり得る点において中選挙区制と異なるところはなく、各選挙区における最高得票者をもって当選人とすることが選挙人の総意を示したものではないとはいえないから、この点をもって憲法の要請に反するということはできない。このように、小選挙区制は、選挙を通じて国民の総意を議席に反映させる一つの合理的方法ということができ、これによって選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触するものではないと考えられるから、小選挙区制を採用したことが国会の裁量の限界を超えるということはできず、所論の憲法の要請や各規定に違反するとは認められない。」

[コメント]
 本判決は、選挙制度の仕組みの具体的な決定を広範な立法裁量の問題とし、衆議院議員選挙における小選挙区制の採用を合憲とした。しかし、小選挙区制の機能・評価に関する本判決の説示は、あまり納得できるものではない。
 本判決は、支持率が概ね全国規模で比較第1位の政党(大政党)が存在する場合に、その政党に過剰な議席を与えること(過剰代表)が小選挙区制の「特質」であると認めている。
 しかし、他方で本判決が、小選挙区制が政権交代を促す「特質」を有すると述べている点は、同一条件下において他の選挙制度とくに比例代表制がもつ効果との比較からすれば、妥当な認識とは言えない。
 更に、個別の選挙区における少数派当選の可能性を持ち出して、「特定の政党等にとってのみ有利な制度とはいえない」とする説示は、ここで問題となっている全選挙区の集計結果における制度の機能・効果(即ち国会の議席配分における効果)についての議論をすりかえるものであり、過剰代表についての先の説示とも一貫しない。
 確かに、死票に関しては、本判決の言うように、小選挙区制と他の選挙制度との明確な線引きは困難であり、死票の多さを理由に小選挙区制が違憲とまで言えるかは疑問の余地がある。しかし、従前の日本の政治状況を前提とした場合に、小選挙区制の採用が「社会学的代表」の意味で理解された国会の国民代表機関性を著しく損ねる方向に働くことは明らかである。小選挙区制は、日本の現実の政治状況に適用された場合、たとえ「政治における安定の要請」には仕えるとしても、これを「国民の総意を議席に反映させる一つの合理的方法」ということはできないだろう(以上の点については、解2選挙制度の優劣、資2小選挙区制の選挙結果を参照)。〔執筆:宮井清暢〕




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