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書籍名 孫文・講演「大アジア主義」資料集
副題 1924年11月 日本と中国の岐路
シリーズ 孫中山記念会研究叢書T
著者 陳徳仁安井三吉
判型 A5判
頁数 390頁
発行年月 1989年9月
定価 本体6,000円+税
ISBN ISBN4-589-01483-1
ジャンル 歴史
本の説明 1924年11月22日上海を出発、24日神戸着、30日出発までの1週間の孫文の足跡を資料でたどる。来日の目的であった「大アジア問題」についての講演を中心にその内容や孫文自身をめぐるマスコミの評価、対応を検証する。外交史料により日本の態度も考察。
目次 はじめに/陳徳仁
講演「大亜細亜問題」の成立とその構造/安井三吉
T 「大亜細亜問題」テキスト
 [〇〇一] 大アジア主義
           〔『大阪毎日新聞』一九二四年一二月三日〜六日〕
 [〇〇二] 孫先生「大亞洲主義」演説辭(黄昌穀)
            〔『民国日報(上海)』一九二四年一二月八日〕
 [〇〇三] 大亞洲主義
      〔黄昌穀『孫中山先生由上海過日本之言論』一九二五年三月〕
U インタビュー・会談記
 [〇〇四] 『東亞の一國である事を忘れて了つた日本』
             〔『大阪毎日新聞』一九二四年一一月二三日〕
 [〇〇五] 歐米諸國の野心が支那動亂の原因
             〔『大阪毎日新聞』一九二四年一一月二三日〕
 [〇〇六] 支那を救ふはこの機を措いてない
             〔『大阪毎日新聞』一九二四年一一月二四日〕
 [〇〇七] 支那統一の鍵は不平等の條約撤廢
             〔『中外商業新報』一九二四年一一月二五日〕
 [〇〇八] 旅順大連の回収 そこ迄は考へてゐない
             〔『東京朝日新聞』一九二四年一一月二七日〕
 [〇〇九] 孫文氏語る 東洋民族の爲め日支の握手
             〔『中外商業新報』一九二四年一一月二七日〕
 [〇一〇] 孫氏とボルセビヅム
             〔『神戸又新日報』一九二四年一一月二九日〕
 [〇一一] アジア主義を高調 〔『東亜日報』一九二四年一一月三〇日〕
 [〇一二] 三民主義を力説  〔『東亜日報』一九二四年一一月三〇日〕
 [〇一三] 孫文氏~戸を去る〔『大阪朝日新聞』一九二四年一二月一日〕
 [〇一四] 全アジア民族復興の爲め
              〔『東京朝日新聞』一九二四年一二月二日〕
 [〇一五] 支那を亡すは英國也と孫文氏の喝破
                〔『門司新報』一九二四年一二月二日〕
 [〇一六] 日本は亞細亞に歸れ
              〔『大阪毎日新聞』一九二四年一二月七日〕
  ※『神戸新聞』にみる孫文の神戸滞在の一週間
V 新聞・雑誌による論評
 [〇一七] 孫文氏來る  〔『大阪毎日新聞』一九二四年一一月二四日〕
 [〇一八] 孫文氏に望む 〔『大阪朝日新聞』一九二四年一一月二五日〕
 [〇一九] 支那を援けよ   〔『神戸新聞』一九二四年一一月二八日〕
 [〇二〇] 日支提携の一事〔『神戸又新日報』一九二四年一一月二八日〕
 [〇二一] 對支外交の先導たれ
             〔『東京朝日新聞』一九二四年一一月二九日〕
 [〇二二] 亞細亞民族の團結〔『大阪毎日新聞』一九二四年一二月二日〕
 [〇二三] 治外法権の撤廢 〔『大阪毎日新聞』一九二四年一二月三日〕
 [〇二四] 其後の支那政局 〔『東京朝日新聞』一九二四年一二月九日〕
 [〇二五] 孫文の亞細亞自覺論
              〔『日本及日本人』一九二四年一二月一日〕
 [〇二六] 孫文氏の大亞細亞主義論
               〔『外交時報』一九二四年一二月一五日〕
 [〇二七] 支那に經濟立國策を提唱す   〔『改造』一九二五年一月〕
 [〇二八] 來~せる孫氏の態度    〔『支那時報』一九二五年一月〕
 [〇二九] 孫文君の去來と亞細亞運動(二十六峰外史)
                     〔『我観』一九二五年一月〕
 [〇三〇] 支那の搾取を止めよ(安部磯雄)
                 〔『社会主義研究』一九二五年二月〕
 [〇三一] 孫中山先生抵~戸後之談話
               〔『民国日報』一九二四年一一月二六日〕
 [〇三二] 天津市民歡迎中山籌備會開會紀
            〔『大公報(天津)』一九二四年一一月二六日〕
 [〇三三] 孫中山先生在~戸講演
               〔『民国日報』一九二四年一一月二九日〕
 [〇三四] 北京各團體籌備歡迎孫中山之熱烈
                 〔『大公報』一九二四年一二月三日〕
 [〇三五] 孫先生抵日時之羣衆大歡迎
                〔『民国日報』一九二四年一二月四日〕
 [〇三六] 孫中山先生抵津確訊  〔『大公報』一九二四年一二月四日〕
 [〇三七] 國民會議、軍閥和帝國主義(魏琴)
                 〔『嚮導』一九二四年一二月三一日〕
 [〇三八] 中國共産黨第四次大會宣言(抄)
                  〔『嚮導』一九二五年一月二八日〕
W 外交史料
 [〇三九]〜[〇六四]
  江浙並ニ奉直紛擾関係一件
     政況(北京政変)二・本邦二於ケル孫文及盧永祥等ノ行動(抄)
X 関係者の回想
 [〇六五] 日本の東洋政策に就いて(戴天仇)〔『改造』一九二五年三月〕
 [〇六六] 孫文氏と~戸の會見(藤本尚則)
                   〔『巨人頭山満翁』一九三〇年〕
 [〇六七] 日支親善には孫總理の遺言を實現
              〔『東京朝日新聞』一九三〇年七月二四日〕
 [〇六八] 孫文送迎私記(抄)(沢村幸夫)  〔『支那』一九三七年八月〕
 [〇六九] 『孫中山先生の大亜細亜論』序(滝川儀作)〔一九四〇年三月〕
              〔『孫中山先生の大亜細亜論』一九五九年〕
 [〇七〇] 孫先生の講演を回想して(メモ)(神尾茂)  〔一九四〇年頃〕
 [〇七一] 偲ぶ孫文の演説   〔『朝日新聞』一九四一年六月二六日〕
 [〇七二] シナ革命と孫文の中日聯盟(抄)(山田純三郎)
                  〔『第一人者の言葉』一九六一年〕
 [〇七三] 孫中山先生北上與逝世後詳情(黄昌穀)    〔一九二五年〕
Y 孫文の日本観
 [〇七四] 在阪の孫逸仙氏 〔『大阪朝日新聞』一九一三年三月一二目〕
 [〇七五] 日支親善の根本義 〔『大阪朝日新聞』一九一七年一月一日〕
 [〇七六] 急遽去れる孫文氏  〔『神戸新聞』一九一八年六月二四目〕
 [〇七七] 日支親善望み難し〔『大阪朝日新聞』一九一九年六月二一日〕
 [〇七八] 日本朝野に愬ふ 〔『大阪朝日新聞』一九一九年六月二三日〕
 [〇七九] 廣東大本營の孫文(抄)(鶴見祐輔)〔『改造』一九二三年七月〕
 [〇八〇] 大隈重信宛書簡(抄)       〔一九一四年五月一一日〕
 [〇八一] 孫中山致日本陸相書  〔『民国日報』一九二〇年七月九日〕
 [〇八二] 孫中山先生之外交談 〔『民国日報』一九二〇年一一月九日〕
 [〇八三] 犬養毅宛書簡         〔一九二三年一〇月二四日〕
Z その他
 [〇八四] 渋沢栄一宛電報        〔一九二四年一一月二三日〕
 [〇八五] 孫文氏への御挨拶大要(渋沢栄一)〔一九二四年一一月二七日〕
 [〇八六] 須らく率先して自主權を承認せよ(瀧川儀作談)
                  〔『日華實業』一九二五年一一月〕
 [〇八七] 孫文の憶出(抄)(萱野長知)   〔『改造』一九三八年一月〕
 [〇八八] 孫文と大亞細亞主義(抄)(高木陸郎)
                〔『大亜細亜主義』一九三八年一一月〕
 [〇八九] 死床の遺言を聞く(萱野長知)
                 〔『中華民国革命秘笈』一九四一年〕
英文編
 [001] GREAT ASIA. 〔The Japan Chronicle.November30、1924〕
 [002] “A Nation Rises No Higher Than The Status of 
        Its Women”〔The Osaka Mainichi.December4、1924〕
 [003] SUN YAT-SEN ON CHlNA'S SUBJECTION.
      “EVERY ENGLISHMAN A KING IN CHINA.”
             〔The Japan Chronicle. December2、1924〕
 [004] DR.SUN YAT-SEN.SOUNDlNG JAPANESE OPlNlON.
             〔The Japan Chronicle.November26、1924〕
 [005] DR.SUN YAT-SEN'S VISIT.
       JAPANESE EDITORS SOMEWHAT CRITICAL.
             〔The Japan Chronicle.November29、1924〕
 [006] ASIATIC UNITY.〔The Osaka Mainichi.December3、1924〕
 [007] SUN AND THE RISlNG SUN.
             〔The Japan Chronicle. December3、1924〕
 [008] ASIA FOR SOME OF THE ASIATICS.
             〔The Japan Chronicle. December4、1924〕
 [009] DR.SUN YAT-SEN'S SPEECH.
              〔The Dong-A Ilbo. December6、7、1924〕
 [010] False Implications of Pan-Asianism.
              〔The Osaka Mainichi.December9、1924〕
あとがき/安井三吉
 

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