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新自由主義的な社会保障改革のゆくえ
後期高齢者医療制度のもとで保険料が年金から天引きされることに対し怒りを顕わにする高齢者の声が新聞などで紹介されています。75歳以上でない現役世代には関係がない話だと思っていたら、そうではないようです。老人介護や医療に関する社会保障制度は、利用料の支払い方法だけではなく、報酬料や、現役世代の負担のあり方など、制度設計そのものが政治課題となっています。
最近の社会保障改革は、新自由主義的な考え方で規制緩和を行います。従来、国の責任で行なわれきた社会保障施策を民間の契約と同じように、利用料に見合う対価とみなす点に特徴があります。とりわけ介護保険法は、所得に応じた応能負担から所得に関係のない一律の応益負担へ介護のしくみを転換させた点で、後期高齢者医療制度をはじめとするその後の社会保障改革のモデルになっています。しかし、本来社会保障とは、人々の生活を下支えする制度であるのに、それでよいのでしょうか。
伊藤周平著『介護保険法と権利保障』は、こうした問題意識に基づき、新自由主義的な社会保障改革の実態やその弊害に切り込んでいます。具体的には、介護保険法による保険料の天引きが被保険者の生活にどのような影響を与えたのかを憲法の生存権理念に照らして検証し、行政訴訟による法的救済の可能性を指摘します。さらに、離職率が高い介護現場で働く人々の労働条件の改善や、社会保障制度における保険の位置づけなど、従来の社会保障法では十分に取り上げてこなかった制度設計に関する問題に言及し、現行制度の根本的変革までを提言します。
著者は、鹿児島大学法科大学院(ロースクール)に所属する社会保障法専攻の研究者です。
労働省(現厚生労働省)にて官僚経験を経ている方としては珍しく、まずは「現場」の声に耳を傾ける姿勢で研究・教育活動をしています。「終章」の次の言葉を読めば、著者の従来の社会保障法学へのいらだちとともに、将来法律家をめざす法科大学院学生への熱いメッセージが伝わってきます。
「現在の司法や法学(とくに社会保障法学)に求められているのは、立法裁量のもとに司法審査を放棄し現在の政策を正当化、追認することでも、現在の法制度を無批判に解釈・解説することでもなく、現実の政治や行政の場では、とかく無視されやすい高齢者や生活困窮者の生活実態に目を向け、そこから現在の政策に歯止めをかける規範理論を構築し、社会保険も含めた、本来の社会保障のあり方を模索していくことではなかろうか。介護保険法は、政策や政治のみならず、司法や法学のあり方も問うているのである。」
なお、後期高齢者医療制度に疑問をお持ちの方へは、伊藤周平『後期高齢者医療制度−高齢者からはじまる社会保障の崩壊』(平凡社新書、2008年)のご一読をおすすめします。
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