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世界金融危機を現代法学の視点からとらえる
2007年夏頃から起こり始めたアメリカのサブプライム・ローンに起因する金融不安は、2008年に入り9月のリーマン・ブラザーズ証券の破綻によって一気に表面化しました。いわゆる世界同時金融危機およびそれにともなう世界同不況のはじまりです。この事態は、マスコミによって「100年に一度」の経済危機と喧伝されています。あれほど富を産み出したアメリカの金融立国路線、投資銀行のビジネスモデルは完全に崩壊したかのようです。しかし、果たしてそれを鵜呑みにしてよいものでしょうか。
本書『世界金融危機と現代法』の著者は、まずは、今回の金融危機の原因と歴史的経過を事実に基づいて踏まえようとします。そのうえで、制度分析を通じて、証券化をとおした過度の信用拡大に警鐘を鳴らすとともに、安定的な資本市場を確立するためにはどのような原則に基づく資本市場法制の制度設計が求められるのかを冷静に検討していきます。
残念ながら、現在の日本の法律系学界においては、資本市場や金融システムを直接に取り上げて分析する研究ならびに文献はそんなに多くはありません。それでは過去のすぐれた研究を継承できないという危機意識のもと、著者は、資本市場法制の分析という分野の開拓に果敢にチャレンジします。
分析にあたっては、まずその構成原理をどう立てるかというシェーマから考察をはじめます。
資本市場法の第1の構成原理は「利益追求の保障」にあるとします。これでは、今日すこぶる評判の悪い市場原理主義やネオリベラリズムとたいして変わらないではないかと思われるかもしれませんが、資本主義システムの参加者のインセンティブは自己利益の追求であることは否定できないのではないでしょうか。よく考えてみると、今日問題となっているのは、「自己利益の追求」自体ではなく「違法な手段による自己利益の追求」なのです。目下言論界において喧しい市場原理主義批判やネオリベ批判は、ともすれば自己利益追求自体を悪のように描きますが、問題なのはルール無視のそれなのではないでしょうか。
そこで、著者は、資本市場法の第2の構成原理として「公正な競争」を提示します。「公正な競争」は、自由放任では実現されず、適切な法制度設計と非官僚的な政府による有効な規制によってはじめて実現される、と主張するのです。
最後に著者は、日本の社会が、再び希望に満ちた前進を遂げるためには、今回の金融危機から謙虚に学び、新しい日本型のビジネスモデルを再構築していかなければならない、そのためには、グローバル化した資本市場のルールづくりを、G20を超えた国際的規模で行わなければならない、と提言します。
世界金融危機を資本市場法制の適切な制度設計の視点から分析・提言した本書からは、同問題を扱った類書とは、きっとひと味ちがう指針が得られるでしょう。
研究者だけでなく、ビジネスマンや一般の方々にもぜひ読んでほしい一冊です。
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