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「おひとりさまの老後」の理想と現実
上野千鶴子氏の『おひとりさまの老後』に端を発して、いまやちょっとした「おひとりさま」ブームのようです。しかも、マスコミ等に登場するおひとりさまは、なぜか女性が多い。一定の経済力があって、しかも元気がいい。友だちも多い。
しかし、現実はどうでしょう。「ひとり暮らし高齢者」と言い換えるだけで、そこからは暗く重い言葉や現象が連想されます。「孤独死」「餓死」… 新聞紙上には、これらの文字がセットになった記事が目に付きます。
実際のところ、ひとり暮らし高齢者数は男女ともに増え続けており、2005年の65歳以上の人数と割合をみると、男性が74.2万人(8.0%)、女性は229.0万人(17.9%)となっています。この増加の勢いは高齢者人口全体の増加率を上回り、2020年には男性176.1万人、女性は360.5万人に達すると予測され、ひとり暮らしの男性高齢者の割合が高まるそうです(総務省「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」より)。
『大都市のひとり暮らし高齢者と社会的孤立』(河合克義著、2009年11月刊)は、高度経済成長期に地方から都会に働きに出てきた、いわば日本の繁栄を支えた人たちのいま、つまり老後の生活をリアルに綴っています。
- 7月6日(木)
- 朝起床8時30分 ご飯1杯・みそ汁1杯・生卵1個
- 寝る11時30分
- 7月7日(金)
- 朝起床8時30分 パン1ヶ・牛乳1本
- 自転車で散歩5時間 昼食事無し
- 電車で散歩
- 夜8時30分食事 ラーメンライス
- 寝る11時30分
- 7月8日(土)
- 朝起床8時30分 パン1ヶ・月見そば
- 家中の掃除を2時間 自転車で散歩 昼食事無し
- 周囲をふらふらして終了
- 夜食事 のり弁当1ヶ・みそ汁1杯
- 寝る10時30分
この日記を書いた横浜市鶴見区に住む68歳の男性は、単調な日々の繰り返しで、結局6日から12日までの1週間の間に誰とも会話を交わしていません(本書219〜220頁)。
ひとり暮らし高齢者は全国一律の割合で地域にいるわけではありませんし(全国の市区町村別の出現率は本書の付表2を参照)、また地域によってその性格・状態も異なるでしょう。しかし、親族や家族、地域ネットワークの視点からみると、孤立状態は地方より大都市のほうが深刻といえるかもしれません。
本書は、大都市の典型的地域ともいえる、大企業が集中する東京港区と多数の不安定労働者が住む横浜市鶴見区を対象にした大規模で精緻な調査報告で、質と量の2面から生活実態を分析しています。
現在の「おひとりさま」が老後にそなえてあれこれの準備をするのは大事なこと、必要なことでもあります。しかし、自己責任だけで豊かな老後の生活が保障されるわけではありません。格差社会が進むいま、老後の手前で生活に困窮する人びとが加速的に増えています。
経済生活水準、健康の増進、日常の生活支援、社会参加の促進、住宅の質の向上など、高齢社会対策には何が、どのような形・方法で必要なのか。まず、ひとり暮らし高齢者の生活実態をしっかりと見つめ、向き合うこと、そこから自分の生活のありよう、そして社会の枠組みや国の形が見えてくるのかもしれません。
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