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すぐそこにある貧困
戦後長らく日本国民は、総中流意識をもっていたといわれています。総中流社会において、自らを中流と据える市井の人びとは、そこから逸脱した人びとにきわめて冷ややかな視線を送ってきました。しかし、自民党中曾根政権によって導入され、2000年代に入り、小泉政権によって推し進められた新自由主義的な政策の数々が、人びとの生活を蝕んでいき、その意識に変革がみられるようになります。総中流社会から総格差社会への移行です。こうして、多くの人びとは、中流以下の生活をもはや他人事としてみることが困難になり、いわゆる貧困問題は「すぐそこにあるもの」へとなりました。
そして、いま、ワーキングプア・ネットカフェ難民・ホームレスなど、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことのできない人びとの現実が、注目を集めています。2009年には、日常を生きていくことに不安を覚えた民意が反映され、民主党への政権交代がなされました。新たな首相たちもこの問題に関心をもち、貧困問題は重大な課題として議論されています。
さて、貧困問題を考えるさい、いまもむかしもシンボリックに語られるのが、「ホームレス」と呼ばれる野宿者の問題です。ひとりの人が野宿生活に陥るまでには複合的な要因が重なって生じます。そして、彼らの多くは、生活保護法の適用を不当に阻まれ、深刻な借金を背負い、ときに身に覚えのない借金まで負わされ、ほかの救済策なしに強制的に立退きを迫られるなど、さまざまな非人間的な扱いを受けてきました。なにより、雨風はもちろん、暑さに寒さ、害虫、襲撃、道ゆく人びとの視線など、屋根や壁のない路上での野宿生活は、徐々に彼らの人間としての尊厳を奪っていったのです。『すぐそこにある貧困―かき消される野宿者の尊厳』は、そのような彼らの現実を物語っています。
本書において論じられているように、多くの当事者、支援者や法律家たちの闘いの成果として、生活保護の受給、借金の整理、さらには屋根のあるところでの生活など、彼らのおかれた状況は、少しずつ改善されてきています。さらに、今秋には、本書執筆者のひとりでもある湯浅誠内閣府参与によって提案された、失業者の生活再建をマンツーマンで支援するパーソナル・サポート・サービスも動き出そうとしています。
しばしば、「野宿者に対する施策を見れば、その国の政治や社会保障制度の水準がわかる」といわれます。さまざまな問題をかかえた人びとが野宿という非人間的な所為を余儀なくされることのない国は、すべての人びとにとって暮らしやすい国のはずです。貧困がすぐそこにあるものとなったいまこそ、「あすはわが身」として野宿者問題について考えてみるときがきたのではないでしょうか。
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