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法動態学のめざす新たな知の地平
『法動態学叢書・水平的秩序(全4巻)』を11月の新刊として刊行します。
本叢書は、文部科学省の21世紀COEプログラムの一環として設立された神戸大学大学院法学研究科「市場化社会の法動態学」研究センターの4年間に及ぶ研究成果です。
本叢書のコンセプトや背景、ねらいをかみくだいて紹介します。
まず「法動態学」とは何でしょうか。端的にいえば、裁判所の判決や、現行法を固定的なもの、制度的なものと見るのではなく、それぞれの社会や組織のなかで移り変わるものと把握する法学の方法論です。しかし、この説明では良くわからないでしょう。
本叢書のタイトルには、ご覧の通り「法動態学」と「水平的秩序」が並列されていますが、実はこの「水平的秩序」が、鍵となる言葉です。「水平的秩序」とは、公的秩序、すなわち、人権や民主主義といった個人と国家が垂直的に関係する秩序に対する、私的当事者同士が紛争や和解、対話や交渉を通じて作りあげる柔軟な秩序と考えられます。
ですから、「法動態学」は、一般の市民がかかわる契約や企業組織の民事紛争、さらには市場経済秩序の形成・展開などを対象とする学問ということができます。
「法動態学」が構想された背景には、グローバル化があります。グローバル化は、国家間の敷居を低くし、ますます私的当事者間の経済的、社会的、政治的相互依存を推し進めています。このような時代背景に照らして、法動態学は、法学のほかに、経済学、心理学、政治学、社会学といった隣接社会科学との共同研究を行います。それぞれの学問領域の自律性を尊重しながら、日本の市場化社会における法のあり方・秩序の形成過程を、主として私法の側面から動態的・包括的に分析することに主眼を置いています。
かつて日本の高度経済成長期に深刻な公害問題が発生する時代背景の下で、法を社会のなかでいかに捉え直すべきかという、いわゆる法社会学論争が起こりました。論争の中心人物の一人が川島武宜です。彼は日本の明治以降の日本社会の近代化過程、とりわけ農村社会の土地所有関係の変遷において、日本の近代法制度がいかなる影響を及ぼしたのかを実態調査に基づいて解明し、戦後は「社会科学としての法学」を提唱し、法の理論的構築に努めました。法動態学叢書第1巻と第3巻の編者で、同センター長でもある神戸大学大学院法学研究科教授の樫村志郎氏は、川島学説をふまえ、それを批判的に乗り越える、次のような視点が必要と述べています(以下は、紹介者の要約)。
《現代のグローバル化のもとでは、従来の方法論(正しい立法や解釈の基準を社会学的研究によって獲得しようとする方法論)には限界がある。近代化をめざす国家と社会に歴史的経路を指し示すだけでは、近代的法規範が成熟していない社会を批判的に議論することに終始してしまうからだ。しかし、重要なのは、法規範にせよ社会規範にせよ、より正当な法のあり方を社会的協同の基盤にうえに位置づけ、問題やケースごとに、探求していくことである(樫村志郎「法動態学の構想―グローバリゼーションの時代における多元的法律学―」『神戸法学雑誌』54巻第1号、2004年、3−38頁参照)。》
市場社会化が進む現代日本の社会・組織と法との多様な関係をありのままに描くことこそ、法動態学のめざす新たな知の地平といえます。「法動態学」叢書を貫くこのような実践的問題意識を、読者は個々の論文から読み取ることができます。
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